ある教育的バラエティに還元できるんじゃないか?
って妄想
テスラさんちのマスクくんはいじめられっこだったと聞きました。
いわゆる通常イメージするイジメに遭ってたんだと思いますが、
そんなダイレクトじゃなくても大多数がいじめられっこみたいな
「扱いを受けている!」と被害妄想を持っても仕方ないのが、
現在進行系の(先進国?)世界だと思います。
王仁三郎の霊界物語に「2~5ちゃんねる」が記されていて、
その「経過」さえも予言されていた?そのひとつが
パペットマペットとらんぺっとでは?って妄想を以前書きました。
そんな秘密のスイッチ(≒日本雛形論)かもしれない巨大掲示板を
稼働させる、その発電のタービンを回す巨大なエネルギーは、
悲しいことに永遠のトラウマを背負ってしまった可能性のある
「いじめられっこだったのでは?」と発表した記憶があります
(が消しちゃったみたいですね)。
「イジメ(られっこ)」の永遠に尽きないように見えるエネルギーを
「御神業に利用してやろう」と目論んでいた人間は誰ひとりいなかった
のでしょうが、結局のところそういう風に世界は進んでいってるのかも
しれません。
昭和のラスト辺りからそんなジャパニーズイジメの犯人探しが行われて、
当時テレビの王と君臨していたビート芸人も、そのやり玉のひとつとして
挙げられてた記憶も。著作を全部読んだわけじゃないのでわかりませんが、
カッチリとした反論してたのかどうか、僕個人は見かけてません。
現在の冷笑・半笑いの陰謀論(者たち)に乗っ取られたような
世界情勢を見てたら、なぜだかわかりませんが「平成」の御代に放送された
「教育委員会」を思い出しました。伊達に元号を背負ってたわけじゃなくて
この半分お笑いの教育バラエティが、
現在進行系の世界を前もって予測、あるいは無意識な予言って妄想が?
それが今回の記事になります。
あの高視聴率を支えていたのは学歴社会で選抜された側じゃなくて
そんな殺伐とした価値観によってうっすらとですが全方位から
いじめられっこ状態に置かれていた多数の人々の
「今だったらこんなの簡単だよw」
というなんとなく悲しげな些細な優越感だったと思います。
それって底の見えない陰謀論の沼にニヤニヤと溺れてる、
ネットという蜘蛛の糸に絡め取られてるのにニヤニヤとぶら下がってる、
匿名希望の数え切れない陰謀論者が浮かべてる冷笑とたいして変わらない
のでは?むしろEQUALな存在に僕には見えます。
日本的イジメを洗練させることにバラエティやある種のドラマが貢献した
のは間違いないと思いますが、その残酷な行為の大本は、それを生み出す
大きな原因となっていたのは、
「コッチだろw」「コマネチ!」
しかしこの番組はビタ一文「イジメ」を思い起こさせること無く、
(学歴社会における)いじめられっこすらお茶の間のスターに
引き上げる事にも成功していました。さっき書いたように
それを視聴してるうっすらとしたいじめられっこを瞬間的にせよ、
救い上げています。
「イジメ」という行為の犯人にされた人間の、
(この番組を発案したらしい)北野ブルーなアンサーソングが
この番組だったとか?
僕が初めて2~5ちゃんねるを訪問したときに、特にニュースや芸能の
書き込みを眺めて「なんかたけしみたいな奴らばっかりいるなあw」
そんな事を思ってました。それがこんな記事を書かせたのかも
しれません。
またまた話がズレますが、十一面観音はひとつだけニタニタした
仏さまの表情には相応しくなさそうな仏面が彫られていますが、
あれっていじめられっこが唯一可能なイジメである「冷笑」を
表現してるのでは?なんて悪魔的な思いつきが浮かんでます。
それが意識的無意識的にせよ少なくとも1/11のイジメ社会によって
この世の泰平が保たれる・・・そんな悲しき治世のノウハウだとしたら
なんだか悲しいというか虚しいというか・・・
金井南龍氏の言う十一面観音の「難しさ」は、ここら辺りの部分の
ことを暗示してたのかいな・・・?
マジカルの色眼鏡を透かしてみても、ビート芸人の番組のOPなんかは
興味深いと思います。イマイチ概要のつかめない西側諸国(笑)
のオープニングと違って、武士のミヤコらしいストレートなマジカルで
構築されてる気がします(霊感ゼロ感さんのご意見です、笑)
それも含めて、様々な意味で注目してた大物芸人ですが、
なぜだかわかりませんが2007年、魔方陣の発掘に没入するようになったら
ストンとその熱が消えて、別の大物芸人の平均的なファンになっていました。
「こんなマジカルな匂いがしない人も珍しいなあ」ってタイプですが、
自分自身がマジカルな世界にゴニョゴニョと潜入する際には、
逆に一服の清涼剤を求めてしまうのかもしれません。